【特集】 それぞれの『リア充』

気がつけば 音楽エンジニア    山之内 隆弘

驚くほど見事な音楽スタジオハウス。これ、すべてセルフビルド! 福祉の仕事から思い切った転身を決意した山之内さん。 40歳過ぎてADHDと宣告された彼が、なぜにここまでやれるのか――

異次元のスタジオへ

箱。ただの箱じゃなくて蓋付きのおもちゃ箱!初めて訪れた音楽スタジオの外観を見た感想がこれだったとは建てたご本人がっかりされるかもしれない。が、そう表現したくなるようなガルバリウム鋼板仕立ての四角い建物。普通の家でないのは、窓が一切無いことと玄関ドアが音楽室にあるような特殊なドアであることで気づく。ちょっと高めの玄関をよっこらせと上がるとテラコッタタイルを敷いた土間。ただの靴脱ぎ場にしてはやや広めだしクッション材の壁で不思議だなぁと思っていたら、なんとこの空間も歌やアコースティック楽器の録音が出来るようにしてあるそうで、何事も無駄にしないそのアイデアに脱帽! 次に二つ目の特殊ドアを開けて目に飛び込んできたのはアップライトピアノの横にあるマーシャルのアンプ。大きい!!そして地を這う沢山のレコード!それらが繋ぐマイクや楽器や機材の数々。聞く所によるとマイク1本で100万円超とか決して珍しくはないのだそう!異次元! そして奥の部屋へ通じるドアを開けると、ここがまさにスタジオの心臓部、山之内さんが五感をフルに使って音を創りだすコントロールルーム。 取材はこの部屋で始めたが落ち着いた声でこちらの質問に答えてくださる姿に、発達障がいについての知識が乏しい私は「この方のどこに障がいが?」と思ってしまい、その感想こそが発達障がいの方を苦しめる無知・無自覚の偏見なのだろうな、と己を恥じました。

波乱万丈な半生

山之内さんの口から語られる半生は平々凡々な私から見るとワインディングロードを走るバイクのように右へ左へ前へ先へと刺激的で波乱万丈な物語。ある意味危うい魅力に満ちた、とても数ページでは収まらない熱と圧の高いもので、もっと聞きたい!今号で終わらせるには惜しい!毎号特集したい!本気でそう思ったほど。 若い頃から音楽活動と並行して障がい者施設で支援する側として働いていたという山之内さん。東日本大震災の年にボランティアとして被災地に行き、想像を上回る状況に打ちのめされ、また仕事上でも責任者となっていた施設での事故と併せて心が折れる出来事が続き鬱を発症。治療の過程で自分が発達障がいだったことを告げられたそうだ。障がい者を支援する側だった自分が!?と最初はショックだったけど、言われてみれば思い当たるフシもあり、それは発達障がいゆえだったからなんだとホッとした部分もあったという。

自分の自信の持てる場所

発達障がい(ADHD)には「感覚が病的に鋭い」という特性があり、山之内さんは特に音に関する感覚がずば抜けて鋭いので、機材にしろ建物にしろ良い音を作るために妥協できない性分。ということはスタジオを作るには相当のお金がかかる訳で、その辺りのことをお聞きすると「やっぱり大手の銀行には貸してもらえなかったですね、発達障がいよりも鬱だったことの方が足をひっぱりなかなか融資してもらえなかった」そう。最終的に地元の金融機関で借りることができたけれど、しかしそれでも業者に見積もってもらった金額には程遠かったので建築費を浮かせるために大工の友人に教えてもらいながら基礎工事以外の工程をすべて二人で行ったのだそうだ!それでこのクオリティですよ!! ご自分でスタジオをやることで何か変わりましたか?という質問に「組織や社会では空回りして上手くいかない事が多いけど、このスタジオなら自分だけの世界で黙々と作業できる。それが鬱の緩和にもなってますね。ここは自分の自信の持てる場所なんです」とおっしゃった山之内さん。『自信の持てる場所』という言葉に胸を衡かれ、誇張ではなく涙が滲んでしまいました。周りの支援はもちろんあったろうけれど、もがきながらすべて自分の力で切り開き進んできた山之内さんに心の中でスタンディングオベーションです! 今度は山之内さんが主催するバンド「ジヘイズ」のライブ聴きに行きますね!!

(取材・文/川原ひろか)

整備の世界からカフェの世界へ華麗なる!?転身。    湯田平 星渚

癒されるような北欧風カフェで働く湯田平さん。 可愛らしいユニフォームもすっかり板に付いている彼女ですがこれまでの職歴や、プライベートの過ごし方をうかがうと、ちょっとビックリの連続でした――

仕事場のコケットカフェにて

少し緊張した面持ちで現れたのは先天性聴覚障害を持っている湯田平星渚(ゆだびらせいな)さん(22歳)。主にコミュニケーションは手話・筆談になりますが、表現豊かで恥ずかしそうな仕草・笑顔が可愛らしい女性です。取材班とも手話でやり取りしてくれて一気に壁がなくなりました。話をするのが楽しいのは皆一緒ですね。女子はおしゃべり大好きですもんね。 彼女のこの仕事場に至るまでの経歴を紹介します。聾学校を卒業後、市内の自動車ディーラーに就職。仕事内容は現在、接客業をしている彼女からは想像がつかない”整備”という答え。これには一同ビックリ!!その仕事自体は大変だったようで「覚えることがいっぱいあり難しく、冬場は水を使うので冷たかった。ここは室内での仕事だからありがたい」と言っていました。

できるようになったこと

コケットカフェで働きはじめてから、2018年4月で丸1年。前の職場を辞めた事を聞いた聾学校の先生が探してきてくれたそうです。今の仕事内容は、ドリンク作りやケーキ作りの担当。今ではほとんどの仕事をこなし「皆から頼りにされる、なくてはならない存在」と同僚からの信頼も厚いようです。 「仕事は楽しいですか?」と尋ねると「うーーん・・・」と微妙な反応。でもその表情とはうらはらに、お話しぶりではずいぶん楽しそうに思えます。 ケーキ作りもこの仕事場に入ってから覚えたそうで、ドリンク6種類(スムージー、ココア、ジンジャー、コーヒー、紅茶、オレンジ)、ケーキ2種類(ガトーショコラとタルト※季節によって変わります)、他にもパフェやコーヒーゼリー等を作れるようになったそうです。 「お客さんがたくさんみえる時間帯だと忙しくて頭が混乱するので大変。でも、ケーキを作れるようになって嬉しい」と星渚さん。本音を言えるスタッフさんとの良い関係性も伺えました。それと男の人ばかりだった前の職場に比べて、今は女の人ばかりなので、そこも働きやすいところだそうです。

彼女の意外な一面

そんな彼女の休日の楽しみ方はなんでしょうか?「テレビを観たり、友達と会ってご飯を食べたりすることかな」と星渚さん。そして、目を輝かせて教えてくれたのが「旅行が好き」だということ。行きたいところは台湾で、台湾の中でも台北が好きなのだそうです。 もう三回も行っていて何回行っても飽きない落ち着く場所になってるようです。旅行の楽しみ方はおいしい食事とお買い物。「食事も洋服も、日本にないものを食べたり買ったりするのが楽しい。」と教えてくれました。 そして、またしても一同ビックリ!!だったのが「旅行は誰かと行かれるんですか?」と尋ねたとき。「いいえ一人です。」と、逞しい返事が返ってきました。なんという行動派。周りの人も知らなかった、彼女の意外な一面でした。 「怖くないの?」と尋ねると、「言葉がわからなくても、台湾では筆談で通じるのでぜんぜん怖くないです。」と彼女は言います。その言葉からは不安さは一切感じませんでした。彼女には普通の事なのです。 インタビューする私たちの一人が近々台湾に行く事を教えると「私も一緒に行きたいーーー!」と彼女。すかさず店長さんが「ダメー!あなたが休んだらお店が困る~!というか、戻ってこなくなりそうだから行かないで~」と本気で懇願していたので一同笑ってしまったのですが、それは彼女がどれだけこのお店になくてはならない人なのかを表していると思いました。 取材を終えてみて、彼女の手話はもちろん、顔や目の表情で楽しそうにやりとりしている姿が印象的でした。言葉のやりとりが難しいのではないかと思えても、コミュニケーションの方法はいくらでもあるのだと感じました。

(取材・文/川原弥生)